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ネットでときどき見かけるネタに、
「30歳まで童貞を守ると魔法が使えるようになる」
という話がある。元々、どこかのサイトのローカルネタだった話がじわじわと広がり、そのネタを題材にした大きいお友達向けゲームが出たりしたこともあってポピュラーになったもののようだ。
(ちなみに「30歳 魔法使い」で検索したら、こんな記事
「半導体業界は魔法使い募集中?」が引っかかった。童貞魔法使いネタと関係するのかしないのか、かなり深読みしたくなるw)
この修行法によって使えるようになる魔法は
こんな素敵なものばかり。
凍てつく波動 : つまらんギャグを飛ばして周辺を凍らせる
トラマナ: クリスマス等にカップルだらけの街を一人で歩いてもダメージを受けない
トヘロス: 自分の周囲に人が近寄ってこなくなる
程度なら安心して笑えるが
アストロン: 自分の殻に閉じこもる
ザラキ: 周囲の人間を練炭自殺に巻き込む
リレイズ: 高額生命保険
あたりまでくると笑って良いところなのかどうか、かなり苦慮させられるところ。まさに凍てつく波動を喰らったような感じか。
ともかく、この「童貞→魔法使い」というのは、自他共にキモヲタと認めるMっ気たっぷりな人種の方々が自虐的に語るネタなのだが、それだけなら当然、ここで紹介するわけはない。そう、実はこのネタをベースに真剣なオカルトが展開される説話があったりするのだ。
「魔法使いが増えている」一見、荒唐無稽な御説ではあるのだが、個人的には結構、怖いものを感じる話だ。笑いながら読んでいきながら、だんだんと「背筋に寒いものが」確かに感じられる。
要約すると、「30歳まで童貞=魔法使いになる」というのはあながちあり得ない話ではない、ということが主張されているということになろうか。「童貞を守る」=「一種の禁欲」ということで、見方によってはそれはある種の修行活動になり得るわけだ。特に、暗いところに閉じこもって寝食を忘れ、生身の肉欲を忘れて(たとえそれがゲームであったとしても)1つのものに集中することを何年も続けるような状態は、行為面から見た場合、もはや即身仏になるための修行に近いものさえあるそうだ。確かにそう言われれば何となく一理あるような気もしてきてしまう。
通常、男の場合、「処女性」というものは全く重視されないわけだが、女性において神聖であるそれが男性においては何の重要性も持たない、ということは当然ないわけで、生身の異性への思慕を諦め世間との交感を断って形而上の閉鎖領域に没頭する「キモヲタ」というものは言ってみれば現代の巫女にすらあたるのかもしれない。
ただ、それはあくまでも形式上のことだ。修行とは本来は当然、自己の成長のために行うものである(「自己」・「成長」の定義は種々あろうが)。その過程において、自己の成長とは本質的な関係を持たない何らかの「力」が手に入ることもあるかもしれないが、あくまでもそれは副産物であって最初から目的とするようなものではないのだ。
では、その目的を全く顧みることなく、無目的に単にその形式のみを真似た場合、修行とは何らかの「成果」を顕すものなのだろうか。もしそれに対する回答がYESであるなら、上記の説はあながち荒唐無稽とは言い切れないのかもしれない。実際、無目的な修行には該当しないが、「副産物」を目的に修行をし、そしてその成果を認めたと吹聴する輩は大勢いるのだ。そして、そういう修行はえてして決して世界を良くするとは思えない結果を得る。ヨガによって得られる超能力を売りに信者を勧誘していた有名なカルト教団が最終的には反社会的な活動によって自らの破滅に至ったように。
ネットの時代になって知識の氾濫が嘆かれるようになった。オカルトの世界においてもその功罪を検討する必要はあるのかもしれない。
- 2006/07/06(木) 02:22:29|
- 出典あり|
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