月の裏

怪談や都市伝説などのいわゆる「怖い話」を紹介していくブログ

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未来を予知するとはどういうことなのか?

昔、「Back To The Future」という映画があった。正真正銘のスターの名にふさわしいハリウッドスター、カッコインテグラことマイケル・J・フォックスが、アインシュタインをモデルにした思われる狂気の天才科学者と時間を超えた冒険を繰り広げるエンターテイメント巨編である。そこでは、マイケル・J・フォックス演じる主人公が未来を、そして過去を(!)変えようと奮闘を繰り広げる。この映画は大変な大ヒットを記録したが、その理由の一つには「未来」を、そして「過去と未来」とその「因果」をテーマにした脚本の魅力も上げられよう。映画の中では未来を知った悪者がギャンブルで大儲けを企むが、悪者ならずとも「未来」とは誰にとっても惹き付けられるものであるに違いない。

「未来」という概念の持つ魅力とその訳わからなさは怪談世界の住人にとっても同様である。このブログでも今まで、何度も取り上げたテーマだ。今回は、そんな中でも特に「訳の分からない」ワールドへ引き込んでくれる秀逸な話を紹介しよう。

「超能力」

これは「洒落怖」住人なら誰もが知る有名な「師匠シリーズ」の中の一編である。「師匠シリーズ」とは、ある人がオカルトの師匠と仰ぐ人物に関して経験した一連の体験談を投稿したものであり、1つ1つのエピソードはそれぞれ完結しているものの、登場人物とその時系列、世界観は一貫しており、そのことが、一連の話が投稿者によって現実に経験されたものではないかという印象を強めると同時に、一連の話がまとまって一つの大きな物語として、「師匠」とその周辺人物についてのメタストーリーを浮かび上がらせるという壮大な構図となっている傑作シリーズだ。
(なお、現在、洒落怖まとめサイトでは「師匠シリーズ」の話はそれだけをまとめて読めるようになっており、トップページ内の「師匠シリーズ」のリンクから辿ることができる。)

さて、「師匠シリーズ」の中でもちょっと毛色の変わったこの話、「訳の分からない」系の話の中でも極めて珍しい特徴を持っている。まず、話が長い。基本的に「訳の分からない」系の話とは、人間の原始的な認知機構に素早い一撃を与えるものが普通で、そのため必然、短い小咄的なものが多くを占めるように思える。そんな中でこの話は長いのである。それはつまり、この話の奇妙さの本質がそうした刹那的な官能に由来するものではなく、ある種、論理的な、それゆえより巨大で確固たる奇妙さを有することを意味する。そう、まさにこの話の提示する奇妙なテーマは哲学を通り越して極めて科学的な問題を孕んでさえいるように思われるのだ。

ここで、あらすじ紹介もかねてこの話を整理してみよう。話の導入部は飛ばすこととして本題から。まず、「前半」

1.主人公は、ある予知能力者から2つの箱(AとB)を提示される
2.主人公は、箱A、Bのどちらか、あるいは両方をもらって良い、と言われる
3.予知能力者は主人公がどのような選択をするかを事前に予知している
4.主人公がどちらか片方の箱だけをもらうことが予知されていたなら、予知能力者はAの箱には千円、Bの箱には1万円を入れている
5.主人公が両方の箱をもらうことが予知されていたなら、予知能力者はAの箱には千円を入れ、Bの箱には何も入れていない
6.3~5の事実を告げられた上で、主人公は選択を迫られる

要するに、主人公はBの箱だけをもらうことにすれば1万円が手に入るのだが、両方の箱をもらうことにすると千円しか手に入らない(もちろん、Aの箱だけをもらうことにしても千円しか手に入らないことになるがそれはどうでも良い)。

では、Bの箱だけをもらう、と答えるのが合理的なのか?と言えばそうではない。この箱が提示された時点で、すでにBの箱に1万円が入っているのかいないのかは決まっていることである。ただ、それを主人公が知らされていないだけの話だ。であるならば、主人公がどのような選択をしようがBの箱に1万円が入っているかいないかは変わりがないのだから、とりあえず両方の箱をもらって両方の箱の中身を手に入れるのが合理的な考え方、ということになりそうだ。

だがしかし、そのような合理的な考え方に基づくと両方の箱をもらうという選択肢が選ばれることが予想されるわけだから、そうすると今度は予知能力者側の合理的な行動としてはBの箱には何も入れておかない、というようにしたくなる。となると、主人公としてはさらにその裏をかいてBの箱だけを選び、Bの箱だけを選んだにもかかわらずBの中に1万円が入っていなかった、と予知能力者のインチキを暴く行動に出る選択肢も魅力的に思えてくる。もっとも、予知能力者はそうした主人公の性格を読んで、さらに裏の裏をかいてBの箱にはちゃんと1万円を入れているのかもしれない・・・。

このように、主人公としてはどのように振る舞うべきであるかは大変に難しいものがあるのだが、ここで、この話の1番目の重大なテーマが浮かび上がる。それは、もし予知能力者の「予知能力」が本物であったとして、それは何を予知したことになるのか?ということだ。

主人公には箱の選択のその瞬間においては完全に自由意思があるように思われる。だがしかし、予知能力が完璧であったとすると、主人公がどのような選択をしたとしてもその選択を言い当てることになるわけだ。ということは、もし自由意思の存在を認めるのであれば、その意思が選択を行う直前までは箱の中身は不定であり、自由意思が選択を行った瞬間に時間を遡って箱の中身が正しく決定される、ということになる。つまり、自由意思を認めるのであれば、予知能力というのは過去に遡って事象をコントロールする力である、ということになるのだ。

もちろん、自由意思が存在しない、という我々の実感と著しくかけ離れた立場に立つことも可能だ。その場合は話は極めて簡単になる。予知能力者が箱にお金を入れる時点ですでに主人公がどのような選択を採るかは決まっていた。それに従って正しくお金を入れる・入れないを決めれば良いだけである。

つまりだ、もし「予知能力」なるものが存在するのであれば、それが意味するところは単に未来を予知するというだけのことに留まらない、ということを端的に示す思考実験がこの話の前半部分で提示されるテーマの本質なのである。予知能力は、比較的、抵抗の少ない超能力である。普段、特に深く考えることもなく、占いのようなものに漠然と一分の理を認めている方も多いのではないだろうか。だが、この実験から分かるように、「予知能力」とは実は世界のあり方の根幹に関わるような、極めて重大な「概念」なのだ。もし、占いのような未来予知に何らかの超現代科学的な根拠があるのだとすれば、我々には自由意思は存在しないか、もしくは何らかの時間を遡航した因果関係決定の作用が存在する、ということになる。

そして、実はこの奇妙な思考実験は、現代量子力学における有名な思考実験と実は極めて似通った構図を持っているのである。そう、アインシュタインをしてそのような非常識で薄気味悪いものの存在は断じて認められないと言わしめた素粒子間の時空を超越した不思議な相互作用、その存在を証明したEPR実験である。
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  1. 2006/05/13(土) 00:00:16|
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幽二郎

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