月の裏

怪談や都市伝説などのいわゆる「怖い話」を紹介していくブログ

解釈不能怪談「さて問題です」は実は完全読解できる

前回の『人工知能は「恐怖のナポリタン」を「理解」できるか?』の続きであるが、今度は、「さて問題です」の方に焦点を当てて考えてみよう。以下に、一応、「さて問題です」の全文を再掲する。ただし、行頭の番号は私が付けたもので原文にはない。




さて問題です

(1) 終電が過ぎてしまって困っていた。
(2) 「あぁ、どうしよう」そんなことを何度も呟いていた。
(3) ふと気づくと、目の前に黒いスーツを着た男が立っていた。

(4) その男は俺と目が合うと驚いた表情をして俺にこう言った。
(5) 「お前さん、この前の・・・」
(6) 俺は考えた。見覚えがない人間にそんなこと言われても。
(7) 10秒間の沈黙があった。何故か俺はただならぬ危機感を感じていた。
(8) 「お前さん、この前の」
(9) 男が再びその言葉を口にしたとき、俺は気づいてしまった。

(10) 俺はその場を駆け出した。必死に走った。
(11) もう大丈夫だろうと思って後ろを振り向くと男の姿はなかった。
(12) 俺は呟いた。
(13) 「あぁ、どうしよう」

(14) 数日後、俺がその男に殺されたのは言うまでもない。

※4〜9行目と最後の行をよく読み返せば・・・




では早速、「さて問題です」を考えてみよう。こちらの大きな謎は、やはり文章では明示的に提示されない、なぜ「言うまでもなく」男に私は殺されてしまったのか、という点と、殺されたはずの私がこうして文章をかけるのはおかしくないかという点になろう。一見、「ナポリタン」同様の解釈不能系の話に思えるのだが、実は、こちらの方は完全に解釈可能な話であると私は考えている。

まず、2点目の謎については、怪談においては良くある話なので、さしあたっては気にしないことにしておこう。で、なぜ私は男に殺されてしまったのか、を考えてみることにする。もし、その解答が文章の中には明示的に書かれていない、と考える立場をとるならば、これは何かのオマージュとなっている話なのではなかろうか、ということが思い浮かぶ。

となると、「気付く」「逃げる」「殺される」というモチーフから連想されるのは、この話が投稿された「洒落怖スレ」の有名な怪談で、このブログ内でも紹介した「猿夢」、およびその類話とも言える「ばりばり」が容易に思い浮かぶ。これらの話については改めて説明の必要もないと思うが、毎回、同じ悪夢を見て、それが以前に見た悪夢と同じと気付くことからそこから必至に逃げようとするのだが、だんだんと逃げることが難しくなっていく、という構造を持った話である。

では、「さて問題です」はどうであろうか? 主人公は、ある男に出会う。男が主人公に会うのは初めての話ではない。主人公は最初は忘れていたようだが、すぐにその男から逃げ出さないといけないことに気付き、必至に逃げる。描写はされていないが、男は主人公を追いかけてきているものと思われる。そして、その場では主人公はうまく逃げ切れたようだ・・・。

この構造、まさに「猿夢」や「ばりばり」と同じ構造ではないか!? そう気付いて見ると、一気に全てがつながるのである。話の本当の姿はこうだ。主人公は夢を見ていた。その夢に男が登場してくるのである。4行目は、その男は主人公のことを覚えている−−−つまり、この夢が主人公にとってはじめてではない、ということを表している。最初、主人公はこの夢のことを覚えていなかったが、9行目に至ってようやく気付くのである。これが「猿夢」的な夢であるということに・・・。男は主人公を殺そうと追いかけてくる。主人公は男から必至に逃げて、そして今回はどうにか逃げ切れたのであるが、「猿夢」においては、夢を見る度ごとに、その夢から逃げる難易度は上がっていくのである。つまり、逃げ切れようか逃げ切れまいが、この夢を見ること自体が不吉を色の濃さを増すことになるのだ。だからこそ、そのことを理解している主人公は、逃げ切れたにもかかわらず、13行目において「あぁ、どうしよう(またこの夢を見てしまった、あと何回か見てしまったらもう逃げ切れない)」と呟くのだ。

最後に書いてある「※4〜9行目と最後の行をよく読み返せば・・・」のヒント、これは後から加えられたものであるのか原作者によって書かれたものなのか分からないが、指摘する行は、まさに「猿夢」との共通構造が読み解ける文になっているのは適切なヒントである、と言えよう。

もうここまで書けば、なぜ「数日後」に主人公がこの男に殺されたか、は明らかだろう。この後、数日にわたって主人公はこの「猿夢」を見て、ついには逃げ切れなくなるときが訪れ、殺された。

そして、このように謎解きをすると、当初、棚上げしておいた「殺されたはずの私がこうして文章をかけるのはおかしくないか」という方の謎も自ずと解けている。そう、これは所詮、夢なのだから。夢の中で殺されただけの話だから、その経験を人に話すことができることに何の不思議もない。

もちろん、この解釈が正しいかどうか、それは私には分からない。しかし、この話の初出が洒落怖スレだとするなら、名作「猿夢」は常識的知識であるし、解釈的にも無理がない上に、一見、「それくらいのことは・・・」と許容したくなる「殺されたはずの私がこうして文章をかけるのはおかしくないか」という方の謎についても妥協のない答えが出せるのだから、私としては自信のある解釈だ。

それにしても、似たような話だと思われることの多い「ナポリタン」と「さて問題です」は、実は全く正反対の話である、というのは面白い事実である。とは言え、「さて問題です」が解けるのだから、もしかしたら、ナポリタンも同様のアプローチで解けそうな気もしてきた・・・。「注文の多い料理店」あたりのオマージュを疑ってみるか。
  1. 2005/07/30(土) 23:20:42|
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人工知能は「恐怖のナポリタン」を「理解」できるか?

オカ板でひさびさに懐かしい話(コピペ)を見た。一見、似たようなテイストの次の2話だ。要約してしまうと意味がないし、すでに各所でコピペとして流通している一方、原作者が一向に現れないので、まんまコピペさせて頂くことにする。




1.恐怖のナポリタン
ある日、私は森に迷ってしまった。
夜になりお腹も減ってきた。
そんな中、一軒のお店を見つけた。
「ここはとあるレストラン」
変な名前の店だ。
私は人気メニューの「ナポリタン」を注文する。
数分後、ナポリタンがくる。私は食べる。
・・・なんか変だ。しょっぱい。変にしょっぱい。頭が痛い。
私は苦情を言った。
店長:「すいません作り直します。御代も結構です。」
数分後、ナポリタンがくる。私は食べる。今度は平気みたいだ。
私は店をでる。
しばらくして、私は気づいてしまった・・・
ここはとあるレストラン・・・
人気メニューは・・・ナポリタン・・・




2.さて問題です

終電が過ぎてしまって困っていた。
「あぁ、どうしよう」そんなことを何度も呟いていた。
ふと気づくと、目の前に黒いスーツを着た男が立っていた。

その男は俺と目が合うと驚いた表情をして俺にこう言った。
「お前さん、この前の・・・」
俺は考えた。見覚えがない人間にそんなこと言われても。
10秒間の沈黙があった。何故か俺はただならぬ危機感を感じていた。
「お前さん、この前の」
男が再びその言葉を口にしたとき、俺は気づいてしまった。

俺はその場を駆け出した。必死に走った。
もう大丈夫だろうと思って後ろを振り向くと男の姿はなかった。
俺は呟いた。
「あぁ、どうしよう」

数日後、俺がその男に殺されたのは言うまでもない。

※4〜9行目と最後の行をよく読み返せば・・・




いずれの話も、何か謎がありそうで、分からない。どこかを縦読みする、という話でもなさそうだ。ネット上では、答えがない意味不明文、ということが定説となっているが、それだけではこんなに多くの人の興味を引きつけはしない。単なる意味不明文よりもさらに一歩進んで、何か意味がありそうに見えながらもどうやってもまともな(無矛盾で完全なw)説明を引き出せない解釈不能性が人々を魅きつけているようだ。事実、「名文」と評価する意見さえあり、確かに解釈不能文の名文、と言っても良いかもしれない。

ただ、何で人間はこの文章に言外の意味があるはずだ、と感じるのだろう、と考えてみるのは、非常に面白い問題だ。もし仮に、人工知能のようなコンピューターにこの文章を解釈させたら、おそらく何の謎もなく書かれている通りに理解可能、という結論を出すような気がする。もし、この文章を読んで、「分からない・・・」と言う人工知能があったとすれば、それは相当に人間に近い知性である、ということが言えるのではないだろうか。




1の文章で、最初にワケ分からなさを感じるところは、最後の「私は気づいてしまった」で、私が何に気付いたのか、というところだろう。人工知能なら、その対象(目的語)を、「ここがとあるレストランで、人気メニューがナポリタンであること」と解釈するのではなかろうか? もうちょっと気の利いた人工知能であれば、「ここがとあるレストランで、人気メニューがナポリタンであること」はすでに私が知識として持っていたものだから、それに対して「気付く」という動詞を使うのは間違えた用法です、という指摘をしてくるかもしれない。

ただ、人間であれば、ほとんど無意識に、そうした用法上のミスマッチから「気付く」の対象が「ここがとあるレストランで〜」ではあり得ないと捉え、だからと言って単に話者が間違った用法で動詞を使ったのではなく、「気付く」の対象が何であるか、が謎として提示されている、と考えるであろう。おそらく、頭の良し悪しに関係なくほとんどの人間が一瞬でその判断を行うのではなかろうか。だが、そうした判断ができるようになる人工知能を作れるか?と考えると、それは途方もなく難しいことのように思える。

さらに、「気付く」の対象が「ここはとあるレストラン〜」でないとしたら、では「ここはとあるレストラン〜」の文は何なのか?ということになるが、人間ならそれをスムーズに、「気付く」の対象が何であるか、という謎に対するヒントである、と解釈ができるわけであるが、ではなぜ、人間はそういう解釈がスムーズにできるのであるか、と考え出すと、ますます人工知能というものの実現に対するハードルの高さを感じざるを得ないのである。




さて、今度は「さて問題です」の方であるが、実は、こちらの方は、ある「常識的」知識があると、解釈不能文どころか、極めて巧妙に計算された隙のない解釈が可能なのだ。長くなったので、それについては、次の記事に分けて書くことにしよう↓。

『解釈不能怪談「さて問題です」は実は完全読解できる』




<追伸>
なお、ナポリタンについては、適当な倉庫へのリンクが分からなかったのですが、1年以上前にこちらの方がかなり詳細なまとめと考察を書かれているのが有名で、スレの過去ログ等も(個人的に?)保存されているようです↓。

『恐怖のナポリタンの謎 「ここはとあるレストラン」』(CROSSBREEDさん)

本記事を書くにあたっては、大変、参考にさせて頂きました。
どうもありがとうございました。
  1. 2005/07/30(土) 23:19:23|
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夏が来れば・・・

私は、もちろん戦中世代でもなければ「戦後」世代でもなく、強いて言えば「戦後も遠くに・・・」世代であるが、まだ私たちの世代は、毎年、夏になると戦争関連の話題−−−特に幼い子に向けた悲惨なお話−−−が溢れていて、そのためか、何となく、梅雨が明けた夏の眩しい日差しを浴びると、国語の教科書と情景が重なって、独特の寂寥感を感じるものである。

ネットなんかは季節感がない世界のように思えて、2ちゃんねるあたりは結構、季節感があったりするもので(長期休み特有の人口層の変化の影響はもちろんあるがw)、オカルト板でも結構、そういう話題が増えているように見られるけど、たまたま目に付いたのがこちらのスレ。

「ちいちゃんの影送り」

教科書に載っていた、戦争系の「可哀想な」お話の話題で盛り上がっている。「ちいちゃんの影送り」の話は、私の学んだ教科書にはなかったけど、切ない話だね(典型的な戦争教科書物ではあるんだけど)。

懐かしいなぁ、というところでは「夏の葬列」か。思えば、私にとって、後味悪い系の話への扉はこの話あたりから開き始めていたんだろう(笑)。

当時はふ〜ん、という感じで聞き流していたんだけど、この年くらいになると不思議によく思い出すのは、「一つの花」という話。

出征する父親のおむすびを幼い娘がおねだりして食べてしまう、という話で、小学生の頃は、ちょっとお父さん可哀想だけど別に〜、としか思わなかったのだけど、今の感じ方は180度違って「お父さん、良かったね」になった。このお父さん、結局、これが娘との最後の別れになってしまうんだよね。そのまさに最後に、娘に何か喜ぶことをしてあげることができて、本当に良かったね、と思う。

今、こうして原文を発見できたので、改めて読み返してみる。こんなことが書いてあったんだ。

「この子は、一生、みんなちょうだい、山ほどちょうだいと言って、両手を出すことを知らずにすごすかもしれないね。一つだけのいも、一つだけのにぎり飯、一つだけのかぼちゃのにつけ・・・。みんな一つだけ。一つだけの喜びさ。いや、喜びなんて、一つだってもらえないかもしれないんだね。いったい、大きくなって、どんな子に育つだろう。」

なんだか泣けてきたよ。今は、「この子」の子供たちが「お父さん」くらいの年代の時代になったけど、ひとつだけ・・・との落差に目眩がする。



そういえば、小学生2年生くらいの教科書に載っていた話だったと思うんだけど、お母さんが一生懸命、貧乏をやりくりして子供に物をあげるのに、子供はそんなこと気にせず盛大に物をなくしてしまうお話があった。まっさらな麦わら帽子を川に流してしまう、とか。これも非常に印象に残っている話なんだけど、タイトルや全体のストーリーを忘れてしまった。もしどなたか、心当たりがあれば是非、教えてください!
  1. 2005/07/29(金) 00:59:44|
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見事な怪談

少し怪談からは離れた内容が続いてしまったので、また怪談に戻ろう。

今まで紹介してきた話は、怖いというかちょっとひねった話が多く、怪談好きならニヤッとするような要素がいろいろとあるものの、「怖さ」という観点からのセレクトとしてはどうだろう?という話が多かったかもしれない、と思う。もちろん、何を怖いと感じるかは人それぞれだし、その話が口頭で語られるのか、文章として提供されるのかによっても違うので、「怖い話」という意味での怪談を選ぶのは難しいことなのであるが、それだけに見事な怪談を見つけたときの満足感は大きい。

今日、紹介するこの話も、文句なしに見事な、怖い怪談だと言えよう。一応、要約は載せるが、うまくまとめられていないので、是非、要約を読む前に次の原文を読んでみて欲しい。
「霊柩車」




Kさんという、両親、そしておばあちゃんと一緒に暮らしている若い女性がいた。Kさん一家とおばあちゃんは元々は仲が良かったのだが、数年前、おばあちゃんが寝たきりになってしまってから事情が変わってくる。おばあちゃんは性格が偏屈になり、みんな自分なんか早く死ねばよいと思っている、と妄想してKさん家族を責めるようになったため、だんだんとKさん家族も、本当にそういうふうに思うようになってしまっていた。今では、おばあちゃんは必要最小限の面倒しか見てもらえずますます衰弱し、先行きはそう長くないように見えた。

そんなある晩、Kさんが寝ていると突然、外で車のクラクションの音が鳴るのが聞こえた。はじめはKさんも気にしなかったのだが、しばらくするとまた何回もクラクションが鳴らされるので、腹が立ってKさんが窓から外を見てみると、なんと家の前に大きな、一台の霊柩車が止まっている。Kさんはゾッとして、見なかったことにしてベッドに戻り、頭から布団を被って震えていた。するとその後は何の音も聞こえずに夜が明けた。

朝になって、Kさんは両親に、昨夜クラクションの音を聞かなかったか尋ねてみたが、両親とも聞かなかったと言う。あんなに大きな音だったのに・・・とKさんは不審に思ったが、結局、おばあちゃんを迎えに来たこの世ならざるものだったのではないか、というように考えることにした。しかし、おばあちゃんは相変わらず元気な様子ではあった。

次の日から、毎晩、Kさんの家に霊柩車がやってきてはクラクションを鳴らすようになった。不思議なことに、霊柩車はKさんが窓から見るまではずっとクラクションを鳴らし続け、Kさんが見るとようやくクラクションを止めるのだ。Kさんは恐怖で眠れず、次第にノイローゼ気味になっていった。

霊柩車が来るようになってから7日目の晩。両親は急な用事で出かけないといけないことになった。Kさんも一緒に行くことを希望したが、非常のことを考えると、おばあちゃん一人を置いておくわけにもいかず、家で留守番することになってしまった。仕方なくKさんは両親のいない家で時間を過ごし、ついにいつも霊柩車がやってくる時間を迎えた。

その時間が来るといつものようにクラクションの音が聞こえ始めた。Kさんが窓から覗いてみると、しかし、いつもはひっそりと霊柩車は止まっているだけなのに、今日はその中から何人もの黒い服を着た男たちがぞろぞろと下りてくるのだ!そのうちに、玄関からはチャイムの鳴る音が聞こえてくる。チャイムの音はやがてドアをノックする音に変わり、しまいには物凄い勢いでドアが「ドンドンドンドンドンドンドンドン!」と叩かれるようになった。Kさんは生きた心地もせず、ただじっと身を潜めていたのだが、突然、今度は電話が鳴り響いた。

電話もドアのノックも鳴り続けている。ついに意を決して、Kさんが受話器を取ると、意外にももの柔らかな男の人の声が聞こえてきた。

「○○さんのお宅ですか?」

Kさんがそうだと告げると、相手は警察を名乗り、意外な話を始めた。

「実は落ち着いて聞いていただきたいんですが、先ほどご両親が交通事故で亡くなられたんです。あのう、娘さんですよね?もしもし、もしもし・・・」

Kさんは呆然と立ち尽くした。ドアのノックの音は止んでいた。
霊柩車はどうなったんだろう?
もしかしてあれは両親を迎えに来たものだったのか?
おばあちゃんではなく?
そういえばおばあちゃんは?

そのとき、不意にKさんは後ろから肩を叩かれた。そこには動けないはずのおばあちゃんが立っていて、ニッコリと笑ってこう言った。

































「お前も乗るんだよ」




全然、要約になっていないですね・・・。すみません。

それにしても見事な怪談である。まず、オチが素晴らしい。そのオチから目をそらすためにミスリーディングさせる設定が、そのまま最後の逆転のオチにつながるところも実に無駄無く自然である。話が夜を背景に続き、霊柩車という不気味な小道具で恐怖の雰囲気を盛り上げ、最後の場面ではドアのノックの音ともに何かが起こる、という期待感を盛り上げる。この話、上手な話者から聞いた場合は間違いなく眠れなくなってしまうだろう。短編の映画に仕立ててもはまりそうだ。

こういう話を見ると思うのである。やはり怪談の魅力は何と言ってもオチだ。鮮やかで、背筋が凍るようなオチ。それが怪談の聞き手に最大限の満足をもたらしてくれるのだ。途中の情景描写がいくらスプラッタで恐怖心を煽るものであっても、オチがしっかりとしていなかったら、話している間は楽しませることはできるかもしれないが、結局、竜頭蛇尾の感想を抱かせることは必至だ。むしろ途中の盛り上げが怖ければ怖いほど、なお一層、それをきっちりと受け止めるオチが必要となるのだ。

ホラーに限らず、近頃の映画やマンガといった娯楽作品には、途中の盛り上げだけでひたすら話をつなぐものが多い。いわゆる、伏線だけで話が終わってしまうようなヤツだ。確かに、それでもその最中は楽しませることはできる。だが、いやしくもクリエイターを名乗る者が、そんな安易な手法に満足するのは許せないものがある。オチに真剣に取り組まない、というのは、頭を使うことの放棄であり、想像力の貧困を自らさらけ出す以外の何ものでもない。安易な続編ブーム、2世ブームと同じ構造だ。すごいストーリーを書いてしまったのなら、次はもっとすごいストーリーを!そういう意欲を失い、安易な銭儲けに走ってしまうのは堕落というものだろう。
  1. 2005/07/24(日) 00:52:40|
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家に現れた幽霊と奇妙な夢

いよいよ怪談の季節到来だというのに、自分の実生活の方が恐ろしいことが多くて世の中の怖いものにすっかりと鈍感になってしまい、困ったものである(笑)。そのお陰でこのブログも更新がすっかり滞ってしまっている。あまり長い間放っておくのもなんなので、ちょっと最近の小話を書いておこう。

人間、ぼーっとしていると、ちょっとした光の加減が心霊に見えたりするものだ。先日、夜中に(普通の人の時間間隔なら明け方というのかもしれないがw)ふと目を覚ますと、寝室の入り口が微妙に開いていることに気が付いた。ほとんど反射行動として一瞬だけそちらに目をやった後、眠かったのですぐに枕に頭を埋めたのだが、目を閉じた後、だんだんとさきほど見た映像が知覚されてきて、その内容に私は驚いた。そう、私は見ていたのだ。隙間の向こうに、白装束の女がこちらを伺うようにして立っているのを!

だが、本当の驚きは、そんな幽霊が我が家にいるかもしれない、なんてことではなかった。次の瞬間、とっさに私の中に浮かんだ考え・・・「あ〜、いっそ、あれ、マジ幽霊だったら良いよなぁ」。これには後で我ながらあきれ、愕然とした。

もちろん、その後、「一応」、もう一度同じところを見て、幽霊がいないことを確認したわけだが、何かいろいろと考え込んでしまう経験であった。



以前、夢をよく見るようになった、という話を書いたが、頻度は落ちたものの、相変わらず変な夢をよく見る。そして、今朝また、実に奇妙な夢を見た。

夢の中で私は大きなマンションの中にいる。そのマンションは似たような建物が中庭を挟んで向かい合わせに立っている構造で、私は一方の建物の中の一室にいて、窓から他方を見ている。と、そのとき、向こう側の建物の一室から、男が窓を乗り越えて飛び降り自殺してしまった・・・。私は多少、パニックになって部屋に戻るが、また窓を見に行く。すると、また別の部屋から違う男が飛び降りていくのだ。私はますますパニックになって、このニュースがやっていないか、部屋のテレビを見に行ったりする。そんなこんなで、何人かの男が飛び降りた後で目が覚めた。

夢の中の登場人物は全て自分の中の人格の象徴である、という解釈を信じるなら、自分の中で何かがボロボロと死んでいるのだろうか。でも、あんまりそんなふうには感じないな。っていうか、むしろ、俺自身がヤバイんですが(笑)。
  1. 2005/07/21(木) 20:49:54|
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「トミノの地獄」ネタが本に掲載されるそうです

こちらの記事でネタを使わせていただいた、「真があって運の尽き」さんのトミノ記事が本に紹介されることになったそうです↓。

「『トミノの地獄』がコラムに掲載されました【サイト管理】」

おめでとうございます!!!

「真があって運の尽き」管理人の麻理さんは、最近、どういう心境の変化か、突如、メイド(冥土じゃなくて、あの、メイドカフェのメイド!)にはまってしまわれて、そちらの方がよっぽど怖い話な気もしますがw、とりあえず、現在、連載中の萌えるメイド服制作日記からは目が離せないです。個人的には、絶対領域なんておこちゃま領域にハマらず、単純にもっと露出を増やして頂けないものか、と思っていたりもするわけですがwww。
  1. 2005/07/14(木) 18:10:29|
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幽二郎

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