月の裏

怪談や都市伝説などのいわゆる「怖い話」を紹介していくブログ

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オトコノコ

軽いお話。


友人が地方に転勤になった。都心から車で2時間ほど、こぢんまりとした住宅街の外れに友人の家はあった。

仮住まいのつもりなのだろう、友人が住んでいたのは古い小さな貸家で、周囲の数件が同様の貸家になっているという。その中の1件に人が住んでいないところがあり、私は友人に言われるままにその空き家に車を駐めることにした。

酒気を抜いて友人の家を出たときにはすでに夜中を過ぎていた。あたりはすっかりと静まりかえっていて、まるでこの街には誰も住んでいないかのようだ。閑静な住宅街とはよく言うけれど、あまりに静かすぎるのも気味が悪いな、などと考えながら、私は自分の車に乗り込んだ。

車を出そうとギアをバックに入れたとき、一瞬、何かがリアのランプを遮ったような気がした。野良猫か何かだろうか? 車に乗るときには何もいなかったはずだが・・・。

念のため、バックモニタでリアカメラの映像を確認してみる。そこに映されるものを見て、私はゾクッとした。ただ暗がりを写しているだけと思われたモニタの映像によく目をこらして見ると、うっすらと何かが写っているのだ。

オトコノコ・・・!?

はじめは暗くてよく分からなかったのだが、小さな男の子(のようなもの?)がモニタの前にしゃがみ込んで、じっとこちらを見つめているのだ。男の子は動かずに、ただじっとそこにしゃがみ込んでいる。

こんな時間になぜ?
これは幽霊のようなものなのだろうか?

私はしばし動揺した。だがしかし、生身の人間であればそのまま車を発進させるわけにもいかない。私は勇気を出して、後ろを確認しに車から降りた。

私が恐る恐る車の後ろを覗き込むと、しかしそこには誰も、いや何も存在しなかった。辺りはただただ静まりかえり、生き物の気配というものがまるで感じられない佇まいだ。不審に思いながらも内心、ホッとして車に戻り、何も写らないことを願いながら再びモニタを確認すると、もうすでにそこには何も写ってはいなかった。

何かの見間違いだったのだろう。私は自分にそう言い聞かせて急ぎ車を発進させ、帰路を急いだ。

・・・

1年後。

友人は再び別の土地に転勤になり、私はまた新しい引っ越し先を訪問することになった。

友人の家は前と似たような雰囲気の場所にあり、やはり周辺は空き家になっていると言う。私が帰途につく頃には、すっかりと周囲は寝静まるような時間になってしまっていた。

車に乗り込みエンジンをかけ、私はふと1年前のことを思い出した。あれは一体、なんだったんだろう?ちょうど今のような時間、今のような暗がりで、不意にリアのランプを何かがよぎったような感じがして・・・。

ん!?

今、何か光を遮らなかっただろうか?

・・・いや、考えすぎだ。エンジンの回転数が変わってライトの明るさが変わっただけだ。本当にそうか? 私はゆっくりと視線をバックモニタの映像に向け、そこに映る暗闇にジッと目をこらしてみる。何も映ってはいなかった。やはり、あのときも単なる気のせいだったんだ。安心した私は、車を走らせた。

家に着いて車から降りようとドアを開けたとき、カランと軽い音がして、何かが地面に落ちた。拾い上げてみると、それはボロボロのミニカーだった。
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  1. 2005/06/29(水) 19:05:44|
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青い稲だからこそ実りが待つ

(ただの愚痴です)

ひさびさに大量に飲んだ。結構、べろべろ。せっかく秋田料理のおいしいお店なのにコンディション不良だと全然、味が分からない。本当、もったいない。一生懸命、おいしいお酒になるまで精魂込めてお米を育ててくださったお百姓の皆様、本当に申し訳ありません。全然、味あわずにガブ飲みしてしまいました。

にしても、ビジネスマンというヤツは、お酒を無駄にすることの他にも、いろいろとやりきれない存在だよな、と思うことしばし。さっきまで楽しく飲んでいて、それどころか両手で固く握手までして今度はプライベートで、なんて語り合っていた人のことを、別れた途端に論評を始める。

散会した後、一緒に飲んでいた人生の先達にちょっと注意を受けた。曰く、あの人達をちょっと信用し過ぎだよ、と。一応、強がりで、信頼が裏切られてもこちらにはほとんど損失はないし、信頼が報われたときのリターンを考えれば妥当な判断だ、と反論してみる。だがしかし、まだまだ青い、ということなんだろう。

経験的に感じるのだが、最初から人を裏切りたくて裏切る人はほとんどいない。ほとんどの人は結果的に裏切ってしまっているだけのことだ。腐るほど儲かっているのにわざわざ儲けをちょろまかすヤツは少ないけど、自分自身がカツカツならついつい嘘を言ってしまう人は多い。

現在において裏切る気持ちは毛頭ないけど、未来において騙してしまうことが予想されるような人と、どのような付き合い方をするのが正解なのだろう。何もかも経験してきた、人生の先輩達のような「枯れた」考え方は、正解ではないような気がする。まだまだ青いからこそ、逆に大きな可能性もあるのではなかろうか?
  1. 2005/06/25(土) 01:22:08|
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気になる夢

今回の話は全然、怪談とは関係なく非常に個人的な話で申し訳ないのだが、最近、やけに夢を見るようになった。

ここ数年、私は、あまり夢を見た記憶もなければ気にもしていなかったのだが、数日前、やけに長い夢を見て以来、妙に夢が気になるようになってしまい、そのせいか、毎日、夢を見るようになってしまった。それもあまり楽しい気分の夢ではないものばかり・・・。

大体、結構な長さのストーリーになっている夢を見るのだが、印象に残った場面をいくつか書いてみる。


バス旅行か何かから家に帰る途中。
二人の女性と同じ電車に乗っていたが、乗換駅で私だけ下りて、ホーム向かいの電車に乗ろうとする。だが、向かいとは言っても、列車の長さが違うので、やけに遠い。

間に合うように、一生懸命、息も絶え絶えに走るのだが、発車ベルも鳴り、列車には間に合わない。ダメだ、と思い、絶望感が覆う。だが、気がつくと列車には何とか乗れたようだ。


また別の日の夢。
父親に頼まれて、家の近くの駐車場に止めてある車のエンジンをかけに行く。外は雨。体がメチャクチャ重く、歩くのすら辛い。

途中、踏切がある。
私が渡り終えたら遮断機が下りる。向こうから路面電車、バスが粗い運転でやってきて、遮断機前で止まる。バスの運転手は路面電車の運転の荒さに腹を立てていて、後ろから路面電車に追突させ、電車が通過しようとしているのに、踏切の方へとグイグイと押しやる。私はそれを見て、危なくなったら非常ボタンを押そうとスタンバっている。

だが、電車は無事通過し、路面電車とバスは走り去る。バスの危険行為を通報しようと、バスの後ろを見ると、大きく「9 0」と書いてある。


どちらの夢にも、それぞれさらに前後にストーリーがあって、結構長い、疲れる夢になっていた。ここ数日見た夢は、いずれも緊張というか、うっすらとハラハラした気分を漂わせている。

最初に書いた方の夢が、夢が気になりだした最初の夢に出てきた一場面。今まではほとんど夢なんかみていなかったので、急に長くて記憶に残る夢を見ると妙に気になってしまい、思わず夢診断の本なんか買ってきてしまった(笑)。

で、その本を読んではじめて知ったのだが、基本的に夢に出てくる登場人物というのは、赤の他人であっても、自分の内面の何かしらの分身として登場するそうだ。つまり、夢の中に普段、嫌っているイヤな人間が出てきたとすると、それは自分の中のそうしたイヤな面を代表するキャラクターとして登場するわけだ。男性の夢に女性が出てきたら、それは自分の中の女性性を表すものとして登場する、ということになる。

また、電車というのは、よく人生をレールに例えるように人生が進んでいく様を表し、電車の乗り換えというのは何かしらの転機を表すそうだ。こんなふうに、いろいろと夢に登場した物事を置き換えながら夢とは読み解いていくものらしい。

そんな感じで、本の中では実例を挙げて鮮やかに夢を読み解いていく様子が書かれていたのだが、いざ、自分に当てはめてみると、これがさっぱり分からない・・・。確かに日常生活は、いろいろとかなりマンネリ化している面が大きいのは認めるがw、転職を考えているわけでもないし(っていうか会社勤めしていないから転職は不可能w)、ましてや女性関係で何か問題を抱えているわけでもないwww。

仕事関係の要素が入った夢なら、仕事が気になっているから夢にまで見るんだな、で終わりにできるんだが、理由がよく分からない夢はどうにもすっきりしないものだ。このまま、毎日、夢を見続けるようなら、誰か夢を解釈できる人に相談したい気もする。もし、何かピンと来る方がいらしたら、是非、助言を頂けたら有り難いです。
  1. 2005/06/23(木) 23:22:21|
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まいったなぁ・・・

怪談を紹介しているブログで、「ほんのりと怖い話」というところがあったのだけど、そこがこっちに引っ越しになった。

で、見るとすぐ分かる通り、こことほぼ同じテンプレートを使っていた・・・orz

あちらも2ちゃんねるの怪談紹介で、しかもうちなんかよりはるかに読者数が多いので、なんかコッチがまねしんぼみたいに思われそうで、ちょっとゲゲゲって感じだ。

ちなみにあちらは、基本的に2ちゃんで掲載された怪談をほぼそのままコピペして掲載しているようだ。私の方は、基本的には、たとえソースが2ちゃんねるのものでも、何かしら、付加価値を付けて掲載していきたいと思う。
(付加価値どころか劣化させている、という話もあるがw)

と、能書きは良いから、早く更新しろよ!ですね。
すみません・・・。
  1. 2005/06/23(木) 22:30:46|
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未来を知る代償

未来を知ると言うことは人間誰しもが渇望することであり、それは幻想の世界においてさえ、そう容易くは実現しない。

では、もし仮に、未来を知ることに成功してしまったら、どうなるのであろうか?怪談の世界においては、未来を知ることが好ましい結果につながることは滅多にない。いや、それどころか、未来を知ってしまったことに対してのさらなる懲罰的な悲劇がもたらされることの方が多いとさえ言えるだろう。知り得た悲劇的な未来からうまく逃げ果せたかのように見えて、実ははじめから巧妙で執拗な「未来」の罠に嵌っていた、というのが、怪談世界の登場人物たちに多く見られる運命なのである。

未来を知ってしまったことで却って災厄や悲劇に見舞われる、というモチーフは、古くは神話の時代から、新しいところでは「ファイナルデスティネーション」のようなホラー映画にまで見られるところであるが、未来を知る能力と引き替えに、過酷にして残酷な代償を払わされたことで最も有名な人物と言えば、ギリシア神話に登場するカッサンドラが挙げられるだろう。

太陽神にして全能の神アポロンの美しい巫女であった彼女は、アポロンに熱愛され、未来を知る力を授かるのだが、その愛を受け入れなかったがために、その予言は誰にも信じられない、という呪われた運命を与えられてしまうのだ。

ちなみに、アポロンは、その華々しい太陽神のイメージとは裏腹に、なぜか女性には人気がなく口説くのも下手だった、という指摘をどこかで見かけたが、確かに言われてみるとこの神様は浮いた話をあまり聞かない。お父様である最高神のくせに女にだらしないゼウスの血を引き、さらに自身も愛人から生まれているというのに・・・。

アポロンは大変に恵まれた神様である。最高神をさしおいて太陽を司ることからも分かるようにほとんど全ての能力を持ち、さらには父にはない若さと美しい肉体までをも有している。にも関わらず、自分の巫女一人も口説けず、その八つ当たりとして彼女にサディスティックな刑罰を与えるとは、一体、どうしたことであろう。こうした人間性(あるいは神性、か)に対する洞察は、ギリシア神話の面白いところである。

おっと、カッサンドラを忘れるところであった。彼女は、あのブラッド・ピットにやっつけられてしまうトロイの住民であった。そう、邪悪なギリシア人たちの欲望の前に破壊と略奪の憂き目にあい、それどころか数千年経った今でもなお、「おい、○○コムがトロイだってよ」「全くトロイなんて迷惑な話だよな」みたいに、疫病神扱いされてしまっている、まさに踏んだり蹴ったりのあの街である。

大体からして、「トロイの木馬」なんてよく言うけど、冷静に考えるとあれはギリシア人が作った「ギリシアの木馬」なのである。人の良いトロイ人はただ押しつけられただけだ。よく、歴史は勝者のもの、というが、こういう細かいところまでさりげなく自分たちの悪評が残らないように気配りしておくのは、さすがにスマートに小ずるい地中海の男たちだ。

おっとっとっと、、またカッサンドラを忘れるところであった。
このトロイとギリシアの戦争、元々からして、人の嫁さんを寝取っただの、返せだの、そんな低レベルでインモラルなくだらない事件が発端で起こった戦争なのだ。そんな戦争の結末で、負けた側に絶世の美女がいた、ともなれば、その運命の悲惨なことは目に見えている。彼女が経験させられるプレイ、いや違った運命については、エロエロ地中海星人たちの綴るギリシア神話には当然のように、微に入り細に入り書いてあるのだが、とてもこのブログの健全なる読者諸氏にお伝えできるような話ではないので、自主規制させて頂こう。

・・・

それにしても、そもそも未来を知るとはいかなることなのだろうか? 未来を知って、その未来を変えてしまったら、実現しなかった「未来」はすでにその意味からして未来ではないし、判明した未来を変えられないのだとしたら、そもそも未来を知る意味はどこにあるのであろうか・・・。

この素朴な疑問については、量子力学を研究するような世界中の天才中の天才たちが長年かかっても解答を出せないにも関わらず、某H木先生のような方々がズバズバ明確な回答を与えていたりして、また、そういう話に人は群がっていたりするのであるが、そういうのを見るにつけ、やはり未来を知る、なんて魔境に嵌まりこんではいけないのだろうな、と思うのである。

余計な色気を出さずに地道に頑張れ、というのが、怪談世界が教える正解なんだろう。
  1. 2005/06/09(木) 22:37:30|
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タダで未来は教えられないよ

ハリウッドのホラー映画では、観客たちが「やめときゃ良いのに・・・」とあきれるのをよそに登場人物たちはわざわざ自ら危地に赴くことが通例であるが、自らわざわざ危険を冒す、という状況設定は、怪談では古くからよく見られるものである。

彼らは何故に危険を冒すのであろうか?
ハリウッド映画で多く見られるように、単なる気まぐれやいたずらでそうする場合ももちろんあるが、やはり何かしらの見返りのために危険を冒す、というのが、現実世界と同様に恐怖世界でもポピュラーなエクスキュースである。

現世、特に昨今はリスクの見返りと言えば「金」という身も蓋もない認識が普及してしまっているが、どんな人間にとっても「金」がその渇望するナンバー1となったのは、最近の話なのではないだろうか。ちょっとした失敗が不条理なまでの悲劇的な結果をもたらす怪談の世界において、そこまでのリスクを冒してまでも人々が求めたくなるもの・・・そのナンバー1は未来を知るということではなかろうか?

前置きが長くなってしまったが、今日、紹介するのはロシアの現代のフォークロア。「スペードの女王」という話である。



鏡の中には、スペードの女王、という美しく全知の存在が棲んでいる。

スペードの女王を呼び出すには、クリスマスなどの大きな祭日の夜中の12時に暗い部屋で呼び出しの儀式を行う。その部屋の窓は黒っぽい布等で覆い、自分は毛布を被る。左手には丸い手鏡を持ち、右手にはスペードの女王のカードを持つ。カードを鏡に映して、鏡の端に沿って動かしながら、スペードの女王が現れるまで「スペードの女王、現れよ」と唱え続けるのだ。すると、鏡が光り、スペードの女王が現れる。

この世の存在ならざる彼女は大変、美しい。だが、決して彼女に「美しい」と言ってはいけないのだ。彼女が現れたら「醜い」と言い、汚い言葉を使わなくてはいけない。このとき対応を間違えると、彼女に絞め殺されることになってしまう。

その後、彼女に3つだけ質問をすることができる。それは、「私はいつ結婚するのか」、「子供を何人持つのか」、「将来の夫はどんな人か」、「何歳まで生きられるのか」・・・といったような質問だ。

質問の答えを得られたら、毛布をどけて明かりをつける。スペードの女王は光を恐れるので、そうすることで消えてしまう。



以上は、ロシアの決して新しくないロアということなのだが、たいていの人は、これと似たような話を子供の頃に耳にしたことがあるのではないだろうか?

夜中の鏡を相手に危険の伴う儀式を行い、自分の未来を知る、という話は、日本では怪談として非常に流布しているものである。ロシアにもほぼ同じような形の話がある、というのは驚きである。

未来とは、誰にとっても興味の対象であり、特に、残酷な言い方をすれば無知あるいは無恥ゆえに無限の可能性を思い描ける子供たちにとっては、それは自らのこれまでのまだ短い人生をいとも簡単に引き替えにできてしまうほどのものなのだろう。

大人になってまだ、リスクの伴う種類の「占い」をする人は滅多にいないだろう。それゆえ、リスクを吟味したつもりで自らの受ける「占い」を選び、その結果、「占い」を行う時点では頭からリスクという概念がすっぱりと抜け落ちて、却って大きなリスクにさらされる大人が多いことは皮肉なことだが。

大人にとっても子供にとっても、自分の未来に真剣に向き合う、ということが大きな冒険であることは本来、変わりはないのだ。だが、恐れることはない。スペードの女王は美しく、冒険は顧みてみればそれ自体が魅力のあることなのだから。



スペードの女王で、もう一つ興味深い点は、彼女に決して美しい、と言ってはいけない点である。なぜか?

これは私の勝手な解釈なのだが、彼女に素直に美しい、と言ってしまうことは、彼女の力を彼女に知らしめ、どちらが相手に従うべき奉仕者であるのか、という点を危うくしてしまうからではないだろうか?

魔術師が悪魔と契約を行う際の常識でもあるが、使役を行うときは、決して、相手に自分以上の力があることを知らしめてはいけないものである。暴君は力で奴隷を押さえつけるのではない。奴隷自らが自らを奴隷たらしめるようにするのが支配というものの性格なのだ。

支配というものの性格を知ったところで、私たち自身が支配者になることは滅多にないし、むしろそれを行わないように注意することにその知識を使いたいものだが、自分自身が自分自身の暴君になっている、ということもよくあることだ。

本当は美しいスペードの女王、光を恐れるスペードの女王、それは実はあなたのことではないだろうか?
  1. 2005/06/04(土) 18:59:26|
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怖い話サイトの怖い話

早いものでもう6月。2005年も半分が過ぎ去ろうとしている。

5月はあまり更新できなかったにもかかわらず、少なからぬ方々がここを訪れてきてくれた。本当に有り難いことだ。改めて読んでくださる方々に感謝を申し上げます。

で、このブログが乗っているfc2の場合は、アクセス解析で検索ワードも見ることができた、ということを思い出して(表ブログのアメブロの方はできない)、5月の検索ワードを見てみた。

結果、「トミノ」関係と「くねくね」関係の検索語が多かった。「トミノ」の方はあの「現代奇談」さんで紹介されて日が浅いから当然だろうし、「くねくね」はやはりネット界では根強い人気を誇るということなんだろう。また、「くねくね」だけでなく、「猿夢」も入っていた。



さて、本題はここから。

検索語を見ていると「なるほどなぁ」と思うものばかりなのだけど、中には「何でこんな検索語でここが引っかかるの?」というものもある。例えば「2ちゃん 通学板」という組合せの検索語があった。で、こういうのは不思議ではあるんだけど、まあ困るものでもない(というか、有り難い)ので、別に良い。

だが、中には、「ギョッ」とするような恐ろしい検索語の組合せが含まれていたりもするのだ。具体的にどんな検索語かは、とてもここでは書けないような内容だ。なんでそんなフレーズでここが引っかかるのかも怖いものがあるが、それよりも、そういうことを実際に考える人がいたんだ・・・ということを、リアルの感覚として感じさせられてしまうところが何より怖い。

また、検索エンジンが正しいとすれば、そうしたフレーズを構成する個々の単語については、実際にこのブログでも過去に記述されていたということでもあり、自分の書いてきた記録なのに、急に何か違う裏の顔を見てしまったようで、その点もよく考えると恐ろしい気がしてきた。

はっきり言って、ここはアクセス数も非常に少ない、僻地のサイトである。にも関わらず、こんなところでさえも、アクセス解析で「なんか怖いなぁ・・・」感を味わえるのだ。メジャーな怪談サイト管理人の感じる恐怖なんて、こんなものではないんだろう。ましてや自殺系のサイトや、その他危険なサイトの管理人たちなんて・・・。

彼らの覗く闇と、それでも多くのサイトが平気で運営を続けていくという事実を思い、少し目眩がした。
  1. 2005/06/01(水) 16:27:25|
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幽二郎

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