月の裏

怪談や都市伝説などのいわゆる「怖い話」を紹介していくブログ

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事実は奇なり

お化けなんかよりも生きている人間の方がよっぽど怖い、というのは、よく言われることだ。そして、都市伝説で語られる恐怖の多くは、生きている人間世界の恐怖である。闇が失われてお化けが出てくる余地がなくなる一方、正体不明の大量の隣人達が溢れている都市では、人々の漠然とした不安や恐れの対象は必然的に生身の人間とその所行に結晶する、なんて説明は、ここを読んでいる方々には今さらな話だろう。

対象が現実の人間世界であるだけに、都市伝説の中には虚偽と断じることが難しい話も多く、そこで語られる恐怖はまさに反則的で、文字通り洒落にならない怖さを押しつけてくることもある。

この手の話は、怖い話ではあるのだが、いわゆる「怖い話」、怪談の類とは違うと思うし、はっきり言って私は好きではないのだが、今日はちょっとワケあってそんな話の一つを紹介しようと思う↓。

「貧困の国」

以下、簡単な要約。



主人公が、とある外国の工場へ赴任するところからこの話は始まる。彼は出発前に前任者から、倉庫の裏の丘には決して近づかないように、と不思議な忠告を受けていた。

いざ彼が現地に行ってみると、その国はつい最近まで内戦状態にあったため、工場は実質回転休業状態。広い工場の敷地に遊びに来る、近くの子供達の相手をして時間を潰すような毎日が続く。

そんなある日、子供達の一人が、あっちに面白いものがあるから行ってみよう、と彼をある場所に誘い出す。そこは、まさに倉庫の裏の丘。主人公は前任者の忠告を思い出し、子供に近づかないように言うが、彼の警告も空しく突如、大きな爆発音が周囲に轟き、彼の目の前で子供は爆死してしまう。そこは大量の対人地雷が埋設されている地域だったのだ。

海外赴任を終え、彼は前任者と会った。前任者が経験したことも彼と全く同じだった。一人の子供が地雷で死んだ後、ほどなくしてまた、次々と子供達が遊びに来ては倉庫の裏に行こうと言うのだ。地雷で死んだ子の家族には工場から見舞金が支給される。それを目当てに子供達の親が次々と子供を送り出すのだ・・・。




この話は、洒落怖スレに投稿されたものなので、真偽は分からない。話にいろいろとおかしな点は多いし、こんなことが地球上で起きているとは、信じたくないのだが・・・。



そんな話を、ある方のブログがきっかけで、ふと思い出すことになった。その方は、表の方のブログの読者になってくれた方で、そのお礼にブログを訪問してブログを読んでいたところ、次のような衝撃的な記事を見つけた・・・↓。

「僕らの生まれた日本というフィールド」

これはインドでの話。最初に紹介した話以上に悲惨な話だ。いかにも都市伝説的な話なのだが、これはご本人自体の体験談なのだ・・・

もちろん、最初に紹介した話も投稿者本人の「体験談」であり、「体験談」を即座に事実である、あるいは等身大の事実そのものである、と認定することが危険なのは言うまでもない。だが、こういうブログに公開されている体験談ということで、匿名掲示板とは重みが違うということもまた言うまでもないことだ。

最初の話を紹介する前に私は、この手の都市伝説が嫌いだ、と書いた。なぜか?この手の話を聞いたときに去来する言いようのない無力感。それが、一番大きな理由なんだろう。
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  1. 2005/04/26(火) 22:40:01|
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次回の更新予定は4月26日(火)頃・・・なのか?

数日、お休みします。
次回の更新は4月26日(火)ころの予定です。

いや、実はちょっとニッポン放送の株主総会に呼ばれまして。

・・・

え?
まだ始まってない?
まさかそんなはずはっ!?
おっかしいなぁ~

・・・

ってゆーか、つまらなすぎです、スンマセン・・・

その間、ネットもできないので、創作で怪談でも作っときますか。
  1. 2005/04/21(木) 23:39:39|
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酒飲みには切ない怪談

今日は結構、飲んだ。

酒を飲むと不思議と思い出す、切ない怪談がある。2ちゃんねるの洒落怖スレに投稿された次の話だ。

恋人の幽霊

いや、別にこの話は、酒にまつわる話ではなく、背景の小道具の一つとして登場するだけのことなのだが、酒飲みには不思議と印象に残る話だ。

長いのだが、いつものように要約はしない。決してうまい文章でも、読みやすい文章でもない。でもこのテイストを味わうには、ちゃんと原文を読んで欲しい。
(酔っぱらってるから要約が書けないわけではないぞ!)



飲めば分かる、とよく言う。それと同様に、飲めば分からなくなる、ということもある。そして、分からなくなることを望んで飲む、ということは、珍しいことではない。

幽霊が、ある人の人生を壊すことはほとんど無い。酒が人生を壊すことは珍しいことではない。

酒が正常な判断力を奪うことはよくあることだ。だが、酒が蛮勇を奮い立たせることも珍しいことではない。

自分がこの話の主人公であったら、どうしたろうか・・・。酒が飲めるなら、やはり飲むんだろう。



それにしても・・・実に切ない話だ。

激しい恋愛をしたことのない人は、死んでも会いに来てくれるような、それほどまでに激しい痛みを伴う恋愛をしてみたい、と言う。

相手の激しい恋情に応えることのできなかった経験を抱える人は、誰かが傷つく恋愛はもう絶対にしたくないし、時計の針を戻せるならそんな過去は消したい、と言う。

どっちが正しいのか、そんなことは分からない。ただ、分かるのは、死んでしまえば甘い思いも痛い思いも経験はできないだろう、ということだ。

生きているうちは、精一杯生きるべきだ。
たとえ痛かろうが、辛かろうが。
そうでなければ、死んだ人と何の変わりがあるだろう。

失敗すらできない不幸、というものが世の中にはある。
  1. 2005/04/19(火) 00:28:15|
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ブログロア「トミノ」の後日談

以前、ネット上でブログ発の都市伝説が登場した、という話を紹介した。(ブログロア・・・「トミノの地獄」詩

この話の出元であった「真があって運の尽き」の管理人の麻理さんは、しばらく体調を崩されていたのであるが、最近、復帰されて、この「トミノ」についても次のような説明記事を新たに書かれた。

『トミノの地獄』について

体調を崩されたのはもちろん単なる偶然で、全くこの「トミノ」の話とは関係ないとのこと。(あっては困るがw)
ただ、案外、「伝説」というのは、こういう他愛もない偶然からどんどん「神話」の領域に入っていくものかもしれないな、という生の事例を目撃することができた、という点では、(管理人の麻理さんには大変申し訳ありませんが)非常に興味深い事例である。いずれにしても、お元気になられたということで、本当に良かった良かった、なのである。
  1. 2005/04/19(火) 00:27:45|
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「藪の中」の真相

最近、よく見に行っているシーラカンスさんのブログで、芥川龍之介の名作「藪の中」で、嘘をついているのは誰か、という話が出ていた↓。

「藪の中」で殺したのは誰か

「藪の中」は著作権が切れているようで、こちらの青空文庫の中でも読むことができるが、一応簡単に説明すると、ある殺人事件を巡って、現場にいた加害者、目撃者、被害者の3人の証言が全て食い違う、という状況を、いかにも芥川が書きました、というような感じでうまくまとめ上げた作品。

文壇に登場当初は、その構成とテーマがかなり衝撃を与えたようだが、初めて読んだときの感想を正直に白状すると、複線を回収できないまま矛盾だらけで打ち切られる少年マンガを読み慣れていたのが祟ったのか、Uジローにはその文学的な衝撃はいまいち理解できませんでした・・・ごめんなさい。

で、上記のシーラカンスさんのところでは、誰が嘘をついたか、という(この作品の解釈に対するものとしては珍しい)方向性で、真面目に議論をされているのが印象的であった。通常、この作品に対してよくつけられる解釈は、誰も嘘をついていない、というようなものが多いと思う。

この作品を評した言葉ではないけど、ハリウッドのプロデューサー、ロバート・エヴァンス氏の名言をそのまま借りると次のような優等生的な模範解答が書ける。

「どんな話にも3つの側面がある。相手の言い分、自分の言い分、そして真実。誰も嘘などついていない。共通の記憶は微妙に異なる。」

ただ、エライ文学の先生に後書きとかでこういう解説をつけられても、どうもすっきりしなくはないだろうか? このすっきりしなさ感・・・そう、この読後感は、短くて突き放したようなオチで終わる怪談によく見られる感覚なのだ。怖い話が好きな人には、芥川が好きな人は結構、多いと思われるが、それは単に芥川大先生ご本人のある種オカルティックな雰囲気と人生のみによるものではなくて、芥川がこういった漠然とした不安感を残す、すっきりしないが印象的な読後感を演出することに長けていることによるのではないか、と考えている。

ところで、この「藪の中」の登場人物の全員が誰もが真実の全ては語ってはいないものの虚偽は述べておらず、なおかつ客観的な事象に対する事実誤認がなかったものとして、では実際に起こった事件はどのようなものであったのかを、逆に推理小説的に組み立ててみる、ということに挑戦してみると、これがまた実は難しい。

まあ、男に3回、刺されてもらうのは仕方がないとして(笑)、ここで述べられている事実がどのような順序で起こったか、それを矛盾無く組み立てるのは無理なんじゃなかろうか・・・。

一番、無理のない線を考えると、こんなところか。

盗賊の襲撃 → 男が縛られる → レイープ → 男と盗賊の決闘 → 盗賊が男を刺す → 女の逃亡 → (*) → 盗賊の逃亡 → 女が男のところに戻る → 女が男を刺す → 女が逃げる → 男が自殺

ここで問題になるのが、男が縛られているかどうかの状態。上の順序だと、(*)の位置に「盗賊が男を縛る」という、作中に現れない不合理な行動を挿入しないと矛盾が生じる。

で、こんな感じで、どのイベントをどこに置いても、何かしらの矛盾が発生するのがこの作品の恐ろしいところ(笑)。(いや、そもそも3回も刺されて男は失血死しないのか、という最大の矛盾は忘れてくださいwww)

どなたか、正直村で発生した場合の「藪の中」殺人事件の真相を推理できる方はいませんかね~~~?
  1. 2005/04/16(土) 01:20:10|
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同じ夢を続けてみる話

最近のオカルト板で見た印象的な話。
「㊧身内、身近な人から聞いた怖い・不思議な話し㊨」スレより。
短いし、要約しようがないほどよくまとめられているので、直接どうぞ。
(手を抜いているわけではないw)

http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1105438396/739






「怖い」という部類の話ではないのだが、何だか妙に引っかかる話。読後、なぜだか落ち着かない気持ちにさせる。物語としてはきれいなオチがあるにもかかわらず、話としてはオチがついていないように思えるからだろうか。

こういう読後感は、優れた短編怪談の典型だ。怪談はきれいに落としてはいけない。鮮やかなオチではあっても話がオチない。そして気持ち悪い消化不良感を残しつつ終わる。これが理想だ。
  1. 2005/04/15(金) 19:01:47|
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同居人

いつも同じソースの話ばかりだと食傷するだろうと思うので、たまには違う話を・・・。




怖い夢を見た。



夢の中で私は妻とドライブをしていた。どこか見覚えのある、のどかな丘陵の風景。

これは確か・・・
まだ結婚前に妻と旅行した九州の道だ。

私と妻は特に言葉を交わすこともなく、私は何とはなしに懐かしい景色を眺めながらぽんやりと運転をしていた。





と、そのとき、視界に突然、大型の観光バスが現れた。反応が遅れた私は避けきれない! 空しくブレーキの音だけがあたりに響く・・・。





次の瞬間、場面はどんよりと暗い、背景のない空間に変わっていた。

不意に私は、そばに何かが立っていることを感じた。私は直感的に、この何かが、いわゆるあの世の番人のような存在であると理解した。私と妻は事故に巻き込まれ、今、生死の境にあるのだ、と。そのとき、私は初めて、一緒にいたはずの妻の姿が見あたらないことに気付いた。まさか・・・。

私はそいつに、妻を返して欲しい、と懇願した。そいつは、なぜ返して欲しいのか、と私に訊いたが、私はとっさに言葉が思い浮かばなかった。とにかく返して欲しいのだ、と答えると、そいつはこちらに来るように示した。

いつの間に現れたのか、そいつの後ろには扉があった。男は扉を開け、その中に入っていく。扉の中は一転して眩しいほどの光に溢れ、私はしばらく視界を失った。





目が慣れると、そこはプールのように浅く水を張った空間で、水面には夥しい数の屍体が整然と浮かべられているのが分かった。男は私に、その中から一人だけ連れてくるようにと言った。どの屍体も、苦痛も快楽も顔に浮かべることなく、ただ無表情に瞼を閉じて並んでいる。白い光に照らされた屍体は、まるでショーケースに陳列されたマネキン人形のように見えた。

私はその中から、必死に妻を探した。

だが・・・
見つからない・・・

いや、見つからないのではないのだ。探せないのだ。
妻を探したくても、妻の顔が思い出せない。なぜだ・・・。

焦るな。顔を見れば分かるはずだ。
自分にそう言い聞かせて、私は必死に一体一体の顔を見て回った。あてもなく一つ、また一つと、無表情に目を閉じた、どれも同じような顔を見てはさらに焦りを募らせていく。私は、ただひたすらに屍体の海を掻き分け、屍体の海の中でもがき続けていた・・・。





夢から覚めたときは、寝汗をびっしょりとかいていた。半身を起こすと、薄明かりの中に見慣れたいつもの部屋の光景が見える。私の隣では、微かに妻の寝息が聞こえた。

イヤな夢だった・・・。

私は、気持ちを落ち着かせ、夢の記憶を思い返してみる。そういえば、そろそろ結婚記念日が近いのかもしれない。いや、妻の誕生日の方だったか・・・。

結婚したらまた行こうと話していた九州旅行もあれ以来、実現していないな。

妻の顔は・・・
大丈夫だ。ちゃんと記憶にある。あの旅行に行ったときは、まだ初春だというのにもうすでに汗ばむほどに暑く、おいしそうにソフトクリームをほおばっていたよな・・・。



不意に私は、隣で寝ていた妻に近づき、その顔を覗き込んだ。





ダレナンダ、コレハイッタイ・・・

  1. 2005/04/13(水) 23:19:59|
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そしてここが新しい家・・・

アメブロの方でブログをやっていたのだが、このところいろいろと不具合が多い。ということで、とりあえず怪談系のカテゴリだけ、テスト的にこちらに移してみる。

果たして、こちらには人は来るのだろうか・・・。
  1. 2005/04/12(火) 15:15:08|
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新生活の始まりに付きものの引っ越し・・・

新生活の始まるシーズンだが、旧くてくたびれている人には、何だか意味無く疲れを感じる季節かも。



今日は、夜中に引っ越しを手伝わされた。疲れた・・・。このところ、和ならべさんのところで、私の大好きな打鍵数絡みの話(「シフトは打鍵数だと思うよその4(ビクビク」等)で熱いコメントが交わされているので、打鍵数話を書きたいなぁ、なんて思っていたのだが、まさに「OTL」という感じだ。



そこのアパート、一見、不可解な出窓があって、出窓と言いつつ、広さ(壁から窓ガラスまでの空間)がなんと1畳以上もある。布団を敷いて寝れそうな感じだ。結論から言うと、その下は階段で、別に秘密の小部屋があるわけではなかったのだが、激しくガイシュツな都市伝説を嫌がらせで紹介してやろう!






友人に聞いた話。ソイツの後輩が社会人として新生活を始めることになり、引っ越しを手伝いに行ったときの話だそうだ。古めの良くある賃貸マンション。家賃はちょっと相場よりは安めな感じ。でも、静かそうで悪くはない。



荷物を運びこむのに出たり入ったりを繰り返していたのだが、そのうちソイツはだんだんと違和感を感じてきた。何となく、見た感じより狭い気がするのだ。原因は廊下にあった。建物の奥行きに比べて妙に短いのだ。スペースを考えると、突き当たりに収納があっても良さそうなのにいきなり壁になっている。



事件は家具を運び入れているときに起こった。後輩がバランスを崩し、まさにその廊下の突き当たりに手を突いたところ、壁が抜けてしまったのだ。



やはり、その先にはぽっかりと、暗い、納戸のような空間が存在した。彼らは、怖々、そこを照らし、覗き見たんだと。



何もなかった、部屋の中には。



ただ、その部屋の壁には・・・。







壁には、一面、びっしりと、赤いクレヨンで・・・



























































オカアサン オカアサン オカアサン オカアサン オカアサン オカアサン オカアサン オカアサン オカアサン オカアサン オカアサン オカアサン・・・



と書かれていた・・・そうだ。



  1. 2005/04/06(水) 02:41:29|
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夢が悪夢に変わるという予定調和

怪談の王道は、やはり話それ自体で怖がらせなくてはいけない。聞いたら呪われる、といった、話の外に恐怖があるものや、その話が存在するこの世界というものの恐ろしい現実を背景に借りてくる話は、やはり怪談話としては邪道だと思う。(怖ければ何でも良い、という考え方を否定するわけではないが)



そういう点で、オカルト板No.1の怪談として選ばれているのが次の話と言えよう↓。



「猿夢」



正確には、この話は、今現在、「死ぬ程洒落にならない話投票所」では2位なのだが、1位の話は「邪道」な怖い話(現実世界の恐怖を語った話)なので、怪談としては、こちらをNo.1と呼んで差し支えないだろう。



で、例によって、こんな変なリンク先をクリックしたくない(ここも十分変なサイトだがw)という方のためにあらすじを紹介する。ただ、この話は、どちらかと言うと、凝ったストーリー展開で怖がらせる話ではなく、文章がうまい、という評価をもらうような話なので、興味のある方は、以下のネタバレ要約を読むより原文を読んでみて欲しい。






話の投稿者(=私)は、明晰夢、つまり「自分が夢を見ていると自覚できる夢」をよく見る。この話は、そんな私が経験した、あるいは経験する恐ろしい夢の話である。



その夢では、私は遊園地のようなところにいる。そこで、私はよく幼児が載るような、お猿さんの電車に数人の顔色の悪い男女と共に乗る。電車がしばらく進んだところで奇妙なアナウンスが流れる。「次は活けづくり~、活けづくり~」。私が不審に思っていると、突如、電車の一番最後の座席に座っていた男から悲鳴があがる。見ると、小人の様なものが男に群がり、男の胴体を文字通り活けづくり、つまり、生きたまま死なないように解体しているのだ。その惨劇に他の乗客は全く気付く風もなく、押し黙って電車に乗っている。



次のアナウンスは「えぐり出し」であった。今度は、私のすぐ後ろの、最後から2番目に座っている女性が惨殺される。殺し方はやはりアナウンス通り「えぐり出し」。小人達が女性の目を、いわゆるぎざぎざスプーンでえぐり出していくのだ。



私は非常な恐怖を感じるが、これが夢だと分かっているので、自分のアナウンスを聞いたら目を覚まそうと考える。そして、次の私の番。アナウンスは「挽肉」であった。私は目を覚まそうとするが、こういうときに限ってなかなか目が覚めない。やっと夢から抜けたときは、肉をミンチにする電動器具がすぐ体の間際まで迫ったときであった。



そんな夢から4年後。すっかりこの夢を忘れ去っていたとき、再び悪夢は始まった。その晩、唐突に同じ夢が「えぐり出し」の場面から再開される。その後の展開を知っている私は、すぐに目覚めようとするが、なかなか目を覚ますことができない。私の体に凶器がまさに差し迫ったそのとき、私はようやく目を覚ますことができた。だが、目を覚ました私の頭の中に、夢と同じアナウンスが響く。



「また逃げるんですか~次に来た時は最後ですよ~」






よくある恐怖映画のような筋書きを投票所No.1にまで押し上げたのは、やはり投稿者の文才によるものであろう。私は初めてこの話を読んだのは、夜中のそろそろ寝ようかというようなときであり、寝るのに躊躇するほどぞっとしたことを覚えている。



スプラッターの恐怖は何によって決まるか。それはもちろん、殺しの場面の残虐性や血の量などでは決してない。また、殺人鬼のおどろおどろしさとも違う。(その点を勘違いして殺人鬼を全面的な主役に据えた「ハンニバル」は、ヘタするとコメディーか、というほどに怖くない映画になってしまったのは有名なところ。)



いかに観客を、追いつめられていく登場人物たちに一体化させるか。それが恐怖の全てである。登場人物たちと一緒に逃げ、一緒に絶望を感じていく、そのプロセスを存分に共有させる。人間の官能に圧倒的なインパクトで迫る音楽とビジュアルを活用できる映画では、基本的に「逃げる」という行動的なプロセスを共有させてあげれば、それだけで十分に怖い映画が作れる。そうした武器のない小説では、(往々にして凝ったストーリー展開による)絶望感の深まりの方に焦点をあてた方が良いだろう。



「猿夢」の場合、凝ったプロットはなく、単に惨劇が粛々と進行していくだけであるので、一見すると文章にするのは不利だ。しかし、それを覆す大きな逆転の舞台があった。「夢」である。夢の世界で惨劇が襲ってくる場合、逃げ切れないかもしれない、という絶望感は予定調和的に約束されたものであり、淡々とした話の進行に連れて説明不要に高まってくるものなのだ。後はほどほどに抑制を効かせた、だが読み手の感情の変化を待てるほどには長く、それでいて飽きさせない文章で惨劇を描写していけば、確かにスプラッターをショートショートで表現することは可能であり、それを見事に示したのが「猿夢」である、と言えよう。






怪談の季節に向けて、きゃーきゃー騒ぐのが好きなぎゃる達にトラックバックをもらおう!ということで始まったこの企画だが、どんどん、当初の目的にそぐわない方向に進んでいるのは気にしないことにしよう。これも予定調和だ。(意味不明)

  1. 2005/04/03(日) 22:01:32|
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意味不明から始まる恐怖

単に話が怖い、というよりも、その話からリアルの世界に向けて何らかの広がりがあって、それが怖い、という、ネット怪談ならではの怖がらせ方がある、ということに「くねくね」の記事で触れたが、それを割とベタにいくパターンが、今日、紹介する話。






まず、元ネタはこちら。2001年の2月に2ちゃんねるのオカルト板に投稿された話である↓。

「全く意味がわかりません」



いつもの通り、リンク先を読むのが面倒な方にあらすじを説明すると、要は、この話の投稿者が、何らかのバス事故・・・それもおそらくは大惨事・・・に遭遇した、ということのようなのだが、この投稿された文章、全く、意味が分からない。



この意味不明さは、「真性」の雰囲気を醸しだし、この投稿に対しては、次のようなレスが付けられる始末であった。



あなたの文章、とても恐いです。

意味が全然わかりません。

このスレで一番こわい・・・・・・・。








それから3年近くが過ぎ、こんな話を誰もが忘れ去ったかのように思えた2003年の年の暮れ、次のような「奇妙な話」が投稿された↓。

「通学バスの老婦人」



これは投稿者の友人の不思議な体験談で、ざっとまとめるとこんな話。



彼が、ある日、通学のバスに乗っていると、バスの乗客の間に奇妙な諍いが起きた。乗客の老婦人が何かをしようとするのを、別の乗客が必死に止めようとしている。それが何を巡っての争いなのか、よく分からないままに突然、彼の意識はなくなってしまう。次に彼が目覚めたのは病院のベッドの上であった。



後で聞くところによると、彼は道で倒れているところを発見されて、病院に運ばれたようだ。バスに乗っている最中に事故に巻き込まれたのかと思って調べてみても、そのような事故は全く見つけられない。彼は、その「事件」の影響で、精神に軽い異常をきたし、その後、ほどなくして亡くなってしまった。彼の身には一体、何が起こったのであろうか?








普通の一般社会の話であれば、3年も経てば、入社式に社長が壇上ででっかい屁をぶっ放したのをたまたまマイクが拾ってしまった、レベルの話でさえも忘れ去られてしまうものであるが(ってか、それ何の例えよ > オレ)、オカルト板の住人というのは、いずれ劣らぬ博覧強記の持ち主。ほんの数時間で、前者の話が、後者の話の主人公視点で語られたものだろう、ということに気付くものが現れた。



まあ、よく考えると、仮に事実であったとしても、この話、実はさして怖くないのだがw、それにしても自作自演でなかったとすれば、不思議な話ではある。(最初の話を投稿した主人公も、後の話を投稿したその友人も2ちゃんねらー、なおかつオカ板住人、と言うこと自体が不思議、ということをおいといてw)



この話が、事実ではなく、単なる偶然でもなかったとすれば、どんな可能性が考えられるだろうか。一番ありがちなケースでは、最初の話と2番目の話の投稿者が同一人物、つまり2ちゃんねるではありがちな自作自演、ということだが、もし、この話が自作自演であったとすれば、私はその方がよっぽど怖い。3年もの間、オカルト板に張り付き、恐怖の仕掛けを施し、じっくりと時を待っていた何者かが存在することになるからだ。これは怖い。下手な幽霊なんかより、よっぽど怖い話だ。何らかの社会的実験として、そういうことをしていた、というなら、まだいくらか救われる気はするのだが・・・。(実際、「怪人アンサー」のように、ネット上で興味本位にそういう実験を企む人間は結構、いるのである。ある意味、怪談なんかよりずっと怖いことだが・・・)



私が一番、可能性が高いと考えているケースは、後者と前者は別人で、後者はこのようなメタなレベルでの恐怖提示の可能性に着目して、過去スレから使えそうな話を見つけて、それを下敷きに後の話のような投稿をしてみた、というもの。もしくは、たまたま、過去スレを読んでいて、ふと、こういうことを思いついたのかもしれない。



過去の、自分とは無関係な何らかのレスを元に、勝手にバックストーリーをでっちあげ、騒ぎ立てる、というのは、オカルト板に限らず、意外によく見られる手法(他作自演、とでも言おうか)。この手法を使えば、これと同じような恐怖話は、まだまだ作れることになる。






本作は、話そのものも、そして、メタなレベルに提示された恐怖そのものも大して怖くはないのであるが、構造が分かりやすく、自作自演の可能性も低そうである、ということで、あえて紹介してみた。そう、実は、こんなのは本当は序の口なのだ。



他にも、かなり多人数での仕掛けであったり、もともとある噂をベースにしたりで、このようなメタなレベルに恐怖が存在する話は、たくさん存在する(代表的なところで、「かしまさん」「自己責任」・・・)。「かしまさん」なんかは、「現代奇談」のサイトの方のライフワークにさえなっているくらいだし、「自己責任」はまさにこの手の話の王様といって良いだろう。ネット時代に登場した最も怖い怪談、とさえ言えるかもしれない。



ある怪談で提示される恐怖が、ストーリーの枠を超え、メタなレベルに溢れ出てくるとき、最終的には、どのようなところに恐怖の源泉を求めるようになるだろうか。この「正解」は、実はネット時代になっても何も変わっていない。そう、「呪い」である。聞いたら呪われる、というやつだ。



上で、私が、「かしまさん」や「自己責任」に対して、あえてリンクを張らなかったのは、そのためだ。特に「自己責任」は、「話を聞きたいヤツは何が起こっても自己責任で」というのが名前の由来で、呪い系がダメな人にとっては単発の話だけでもヤバイだろう。そして、そこにつながる話を拾い集めようとすると、次から次へと、いや~な話が、まさに芋づる式に湧いてくる(「山の測量」の話、とか)。



よほどの物好きでない限り、メタなレベルを提示する恐怖系の話は、あまり追求してはいけない世界だ。結局、その行き着く先は、古今東西、同じなのだから。

(ってか、じゃあ、そんなん紹介するなよ・・・ > オレw)
  1. 2005/04/02(土) 00:51:46|
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幽二郎

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